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貴志祐介「悪の教典」

2016.12.03 14:51|読書感想文
読書感想文は2~3行ずつに収め、溜まってきたらまとめてアップしようと思ってましたが、「悪の教典」はタイトルの意味とハスミンについて色々考えると長くなったので、単独でアップすることにします。
一応注意しておくと当然のようにネタバレ全開です。



最初は「三ツ星レストランでケチャップドバドバのナポリタン」っていう尼レビューの意味が分からんかったけど、今となってはしっくりきすぎてスゴイ。
地力があるのは分かるけど展開やキャラが悉くB級映画のようにチープというんだろうか…。
でも、解釈次第ではこのチープさは必然だったのではないかと思えてきました。

・ハスミンの犯行はそのほとんどが「それちょっと誰かに見られてたら終わってたよね?」「そこ絶対人通らないとは限らないよね?」って場所や時間で行われて、中盤からはまさに「罪を隠すために罪を犯す」のループ。
どんどん死体の数が増えていって最後にはクラス丸ごと皆殺しなんだから、智能の高い犯罪者にはとても見えない。よくこんなんでアメリカのどこそこに殴り込みに行けたな。

そしてハスミンは「自分は快楽殺人者ではなく、智能が高く共有する感覚が欠けているから手段の一つに『殺人』を簡単に選ぶことができる」と自己評価してますが…。
圭一君も言ってましたが、「本当に智能が高い人はおいそれと殺人なんかしない」というのがド正論。ハスミンは話が進むにつれ穏便に済むように考えることを放棄して、「なんかもうめんどくせーわ!殺そ!」って感じになってくように見えるんですよね。クラス丸ごと皆殺しなんてヤケクソレベル。
いくら「自分の国」に未練があったと言っても、足が付きそうな時点で高跳びして裏社会に消えるなり、整形して別名でやり直すなりした方がよほど可能性を感じる。

・というか自分の周りの人間を殺しまくってたら、どんなうまいやり方やったって怪しまれるのは時間の問題。
こんなあからさまに怪しい凶悪犯罪者なんてミステリーでも稀ですよね。本命の凶悪犯はなかなか尻尾が掴めず、別口で何か事件発生→その事件の影に…!って繋げながら恐怖を煽るパターンが多い。

ハスミンは「目的のために人を殺すのを厭わないサイコパス」ってことになってますが、本当に目的を達成したいのなら、サイコパスだって保身を考えて身を隠すことは必要。
しかしハスミンは絶対に表舞台から去ろうとしない。
殺しのスキル習得のための努力も惜しまないし、「殺しは手段の一つ」でありながらその採用順位がすごく高い。
殺人そのものに快楽を感じていないのは確かだけど、ロボットのように「目的のためなら迷わず人を殺す冷酷なサイコパス」というのもしっくりこない。ハスミンはあえて隠れず、積極的に殺しているように見える。

以上のことからハスミンは、「持ち前のスキルで人心を掌握しながら殺人を犯す、チキンレースを楽しんでる」…ってのが一番近い気がする。
そう思うとやたら殺したがるのも、名前を偽らないのも、表から逃げないのも納得できる。
表舞台で名前を出したまま殺すことがゲームの大前提だから、人を殺さなきゃゲームが始まらない。
そして勝利の証明は、蓮見の名で表世界を生き続けることだから。

・女関係も読んでる間はずっと気になってました。
犯罪者じゃなくても良い教師を演じるなら生徒と関係持つのはアホにしか見えなかったんで。女子高生がコイバナ黙ってられる訳ないでしょぉぉおお!?
けどハスミンは性欲については貪欲で隙あらば女食おうとする野獣だから、自分の国の侍女に手出して何が悪いん?的な感覚だったのかもしれない…と無理やり納得させて読んでました。が、今思うとこれもゲームの一環かな。
優良な教師という体裁を保ちながら、あえて危ない女を引っかけていくチキンレース。「信頼を勝ち取りながら罪を犯す」という点では、殺人チキンレースと一緒。
もし恋のゲームに失敗したら、本命のゲームの材料として引き継ぎもできる。実際に真田教諭と安原がそうなった。

・ハスミンには「狡猾で目的のためには手段を択ばない完全犯罪者」特有のカリスマ的魅力は皆無だったし、「犯行の一つ一つが完璧とは言い切れず、明らかに怪しいけど決定的な証拠がなくて逃れ、現代のクソな法律や世論を利用して生き残る外道」だから、むしろ小物感があった。
そんなハスミンが天才ぶって俺TUEEEEしてるのは見てて気持ち良いもんじゃありませんでしたが、元々ハスミンはカリスマ犯罪者の分類ではなく、「自分大好きゲームプレイヤー」なら、この小物感も当然なのかもしれない。

・そしてタイトル「悪の教典」。
最初は「狡猾で残忍なカリスマ犯罪者のイロハ教えます」的な意味かと思ったけどとてもそうとは思えず、
途中から「こういう行き当たりばったりな殺人ばっかりしてたら大変なことになりますよ」という反面教師かと思ったけど、
最後でタイトルすらハスミンの言い訳の一つだったと示唆されたのは感心した。いや、これはただの私の解釈ですけど。

けどそこから更に考えると…。
ハスミンは心神喪失を言い訳にするために悪魔だなんだと言い出したんでしょうが、それは勿論「人心掌握殺人ゲーム」を続けたいから。自分の人生も他人の人生も等しく「人心掌握殺人ゲーム」と思っていて、それに固執しているなら、もうこれは狂人と変わりない。
本人は言い訳のつもりで適当に言ってるんでしょうが、立派な「悪」の狂信者。

終盤の幻覚パートでなんで殺したカラスと仲良くやってるんだと思ってましたが、あれはあの時ハスミンも完全にあちら側に堕ちた(完全に狂った)ということ。
カラス達はハスミンの洗脳&勧誘活動をしていて、ついにはハスミンも「悪」という曖昧模糊な概念のしもべに成り下がった。けれどそのことにも、自分が狂っていることにも、ハスミンは気付いていない。狂信者というのはそういうもの。
つまり「悪の教典」とは、蓮見という愚かな人間を信者に変えていく過程を記した「悪」の教典。
その「悪」とはムニンかフギンかオーディンか、その他よく分からない悪魔的な何かかは分からないけど、とにかくそういった人智を越えた「悪」の者達が人間を堕とすための指南書。「lesson of the evil」。

…と解釈すると、ちょっと面白いかもしれません。

・読んでる間は「ハスミンガバガバ過ぎんよorz」とガックシしてましたが、最後に「悪の教典」の意味を考え、そこからハスミンの目的や性格を自分なりに解釈してみると、最終的にはこのチープさもアリなのかなと思えました。
ハスミンを白夜行の雪穂やモンスターのヨハンなんかと比べるのがそもそもの間違いだったんですね。
主人公であり最凶の犯罪者であるハスミン本人が安っぽい小物(自覚ナシ)なんだから、チープなストーリーがお似合い。
凶悪なギャングメッキー・メッサーも、所詮は「三文オペラ」の登場人物、ただの役者。そして人一倍表舞台から降りたがらないハスミンは、そういう意味でも最適な人材だった。殺人鬼を題材にした作品から、「三文」オペラをチョイスしたのも符号に見えてくる。
狂ったピエロが更に狂っていく過程をピエロ目線で描く物語なんだから、重厚なストーリーになる訳ないね。そらそうだわ。

・遺体の利用とAEDの録音は出た時点で察してしまったので、そのまんま解決パートに持ってこられたのはガッカリしましたが…。
もうこの作品はトリックや謎解きは一切重要じゃないんでしょう。「仲間を救おうとする生徒の気持ちが最後にアンタを刺したんだ!」といいこと言ってましたが、これも茶番。今思うとチープ感をわざと出そうとしてるように見える。

そう思って最初から読むと、ガラッと印象が変わりそうな作品ではあります。さすがに大変だから読みませんけど。
でも冒頭の夢なんかだけでも読み返すと、初見の時とは違ってぞっとする。
演目は「三文」オペラ。
ハスミンが舞台に向かってコルク銃を撃つと客席から笑いが起きるが、客とは一体誰なのか、誰が笑っているのか…。

そしてこの安っぽい展開のラッシュをこの長さで最後まで読ませる作者の力量は素直にスゴイと思います。これで文章も終わってたら絶対途中で挫折してたもん。

◆という感じで、全部読み終えてから株が上がるという珍しいパターンの本でした。
…まあそれにしても、結局派手な卒業殺戮ショーを描きたかっただけだろ感は否めませんけどね。
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